2008年1月

1月31日(木)

熊坂トンネル現地調査に参加


トンネル内、石坂県議、野口中野市議と

コンクリを剥がして修理中の箇所
 「高速道トンネル手抜き」と1月25日付しんぶん赤旗、信濃毎日新聞などで報道された長野県中野市の上信越道(豊田飯山IC〜信濃町IC間)熊坂トンネルの現地調査に同行しました。
 NEXCO(ネクスコ)東日本高速道路(株)新潟支社が発注者で受注したのはピーエス三菱・北野建設共同企業体。工期は平成17年6月22日〜平成19年12月8日で18億2600万円の請負金額のトンネル工事でコンクリートの厚さ(巻厚)が不足していると下請け企業の現場担当者が告発したことで発覚した「不適正なトンネル施工」について、発注側と受注側の企業と告発したご本人(告発後に解雇されてしまいました)、建設交運一般労働組合、そして告発者の相談を受けて対応をすすめてきた穀田恵二衆議院議員の秘書、山口のりひささん、石坂県議、青木・野口中野市議と私と大調査団でした。
 トンネル現場で何が起こったのか?測量・設計に基づいて、トンネルを掘り進んでいくなかで7センチのずれが生じ、センターもずらしたりと微調整をしたそうです。そして今回のコンクリートの暑さが17ミリ不足していたところが一番苦戦したところのようです。普通に考えると、どうしてもう少し横も天井部分も広めに掘らなかったのかと思いますが、そこが、長くトンネル建設をしているプロたちにすると、いかにぎりぎりに掘るか、吹き付けるコンクリを減らすかが工事単価を引き下げる腕のようです。
 工期を短く、資材を少量で造る。この圧迫の中で、多少のことは目を潰れということだったのです。コンクリの厚さが確保されないだけでなく、天井部分に空洞ができてしまったところへ余ったコンクリを詰めたり、流動化剤というものを使ったりしていた箇所が数十箇所にのぼる上に、そういう不適正なことを下請けにやらせ、発注側にはひた隠しで工事を進めて工期までに完了して引き渡そうとしていました。まさに「偽装」です。トンネル建設一筋に働いてきた労働者として見逃すことができない事態に勇気を持って告発したが、誰からも真に受けてもらえず、共産党の穀田事務所へ連絡をしたところで今回のように国会やマスコミを通じて世間に知られるところになりました。そして、今トンネルは再度不適正な部分を壊して直しています。しかし、勇気を持って、トンネルの安全な品質を確保しようとした彼は解雇されてしまいました。内部告発した人が不利益をこうむることがあってはならないと法律もできているのに本当に残念です。彼が復帰できるところまでがんばらなければなりません。
 国会はまさに「道路」国会。道路特定財源・暫定税率をめぐる攻防をしていますが、道路建設のその現場で起こっていることを目の当たりにした調査でした。
 現地9時半集合、すべての調査が終わって長野に戻ってきたのが午後5時。
 そして、午後6時から川中島で2月1日創刊80年を迎える「しんぶん赤旗」のお勧めをし、7時半に地元七二会でもしんぶんのおすすめをしました。夜は2人の方が赤旗を購読を約束していただきました。

1月30日(水)

「福祉灯油」に県としても支援を

 朝は、長野駅東口で小林よしかず市議と定例朝宣伝。午前10時から県議団会議、そして11時30分から県社会部長に「福祉灯油」を実施した市町村への支援を改めて申入れました。
 東口の朝宣伝では、いつもより手を振ってくださる方やあいさつして通り過ぎる方が多く、朝から元気が出ました。国会で道路特定財源をめぐって、期限切れを回避したい与党自民・公明党が議員提案で「つなぎ法案」を提出したことへの怒りも広がっているのではないでしょうか。


 昨年12月17日に、村井知事に原油高騰での対策を申入れした際に知事が福祉灯油を実施したい市町村に「県としてお手伝いする立場で考えたい」といわれ、それが国の緊急対策とも相まって市町村での「福祉灯油」実現に大きなはずみになりました。
 しかし、県下の80市町村が実施のために動き出しているにもかかわらず、現時点で県がどんな支援をするのかまったくわからないので、今日、改めて実施を申入れしました。(申入れの内容は県議団ホームページへ)

 知事も副知事も時間がとれないということで、藤巻社会部長に申入れをしました。その中で社会部長は「国が実施した自治体に半分は交付税措置することになっているので、市町村で受給資格のある世帯にきちんと行き渡るように県としても指導する」といわれました。長野市では、福祉灯油について広報でお知らせして、申請した世帯に給付するということになっていると聞きました。それでは、申請しない、できない人が受け取る権利があっても受け取れない事態が心配されていただけに、県がしっかりと最後の一人まで届くように応援してほしいです。そして、県としても市町村に財政的な支援をするべきと、再度申し入れましたが、共産党県議団の申し入れに「知事は財政的な支援はしないと伝えてくれと言っていた」と対応した部長は申し訳なさそうに回答されました。

1月24日〜25日

山形県に視察に行ってきました。


長井工業高校

長井工業高校

たい肥の前で

生ごみ用バケツ

レインボープラン、ボランティアの熱心な説明
 24〜25日と県議団で岩手・山形の視察を計画。岩手県は消費生活条例に関連した調査です。そして、山形はものづくりの人材を育てる工業高校と生ごみをたい肥にして土作りをしている取組みの調査です。全部を全員で視察することはできないので、岩手―山形コースと山形―山形コースにしました。
 私は山形―山形コースで小林しんよう県議、高村京子県議、大池事務局長と山形に向かいました。

 24日は7時55分長野発あさまー大宮でやまびこに乗換え、山形新幹線、赤湯駅からは山形鉄道フラワー長井線であやめ公園駅下車。あやめ公園駅の駅舎は山形県立長井工業高校は駅から176メートルと書かれていました。吹雪の雪道を176メートル歩いて今日の目的地、長井工業高校(以下、長工)をお訪ねしました。
 長工は山形県の高校統廃合計画で廃校になりかけた高校だったのですが、地元長井市の工業を支える人材育成になくてはならない高校として存続を求める世論が大きくなる中で存続され、平成14年に創立40周年で校舎も新築された学校です。人口約3万人で300の町工場で機械部品製造をしているそうです。そして、その中小製造業で働く労働者の平均年齢が39.2歳と東京の49.6歳より10歳も若いというお話をお聞きして驚きました。
 多くの町工場は日本のものづくりを支えてきたにもかかわらず、企業の海外移転、空洞化のなかで経営が行き詰まり、全体的には労働者が高齢化していることからみるとどうして、ここ長井市が元気にがんばっているのかをもっと知りたいところです。そして、その若い労働者を育て、町工場へと人材を送り出しているのが長工です。160名の卒業生のうち6割が就職で、その役9割が地元企業に就職しているともお聞きしました。ROBO−ONE(ロボ・ワン)というロボットを競わせる大会が毎年あるようですが、長井市の若い工場経営者たちが自分の得意な分野で協力して、毎年大会に挑戦しています。今年はその大会が長井で開かれるそうです。そして、ロボットづくりのような「答えのないものづくり」が大事だといわれたのが印象的でした。
 高校生たちも、地元の農家から依頼を受けて合鴨農業の「合鴨」に代わる「デジガモ」を3年がかりで製作中とか、福祉器具を工業の視点から作るなど、独創的な課題に取り組んでします。そして、生徒たちは卒業までにいくつもの資格取得をするために、長期休暇や放課後も真剣に取り組んでいるといわれました。「ここ長井は新幹線も高速道もない」けれど、高校と地域を結ぶために行政が接着剤になって、地域に根付いた人たちの前向きながんばりでものづくりをしています。吹雪のなかでも行ってよかったです。

 25日、岩手―山形コースの石坂ちほ県議、藤沢のり子県議、もうり栄子県議、びぜん光正県議と合流して長井市のレインボープランの視察です。「『循環社会への地域からの挑戦』土はいのちのみなもと、『ともに』の世界を柱に」を掲げてがんばっています。一体どういう内容かというと、土・農・食という「いのちの根幹」、農業が化学肥料や農薬で土が疲弊していては農も食もだめになると、まずは土を元気にするために、家庭から出る生ごみを活用して堆肥づくりをして、土に返し微生物がすむ豊かな土壌を再生させることを町をあげて取り組んでいます。
 話せばながくなります。何しろ「レインボープラン」は20年かけて市民運動が主体でおこなってきたのですから、私たちの視察を受け入れてくださったのは「NPO法人レインボープラン市民市場虹の駅」という市民団体です。今は、良いたい肥をつくるために中心市街地5000世帯(長井市全体は9000世帯)の家庭から分別・水切りをした生ごみを収集して、コンポストセンターで畜ふんと籾殻を混ぜて3ヶ月かけてたい肥をつくっているそうです。そこまでにたどり着く道程のなかに市民の情熱が「醸成」されたのだと感じました。
 農業と工業のまち「長井」で市民が主体でまちづくりがされている視察をし、感動・感心しているだけではだめだと思いました。

1月20日(日)

日本共産党演説会に1500人

 今日は、市田忠義参院議員・党書記局長を迎え、1500人の方々のご参加で元気のでる演説会でした。
 長野1区・北陸信越ブロック比例候補の山口のりひささん、比例候補の中野さなえさん、長野2区のきしの正明さんがそれぞれ総選挙にのぞむ決意を力強く訴え、今度こそ「北信から国会へ」の思いを強くしました。
 朝から、HNK国会討論、朝日のサンデープロジェクトに生出演したあと、駆けつけていただいた市田書記局長が国政や国会をめぐる話、税金の取り方・使い方、財源の話、平和な世界に日本が果たす役割をはじめ、政治を変える展望、大変わかりやすいお話に、参加された方たちから「共産党に対するアレルギーが変わった」「これからの生活するのに元気がでました」「必ず当選してほしい」と嬉しい感想もいただきました。

 さあ、次は「2月2日の輝く女性のつどい」の成功へがんばろう!みなさん、2月2日の女性のつどいは楽しい企画も盛りだくさんです。ぜひ、お出かけください。そして、フリーマーケットなどで出店したい方はご連絡ください。
市田忠義参院議員・党書記局長
長野1区・北陸信越ブロック比例候補の山口のりひささん
司会をさせていただきました

1月17日(木)

土木部に申入れ


 昨年末に信濃毎日新聞で、北陸新幹線長野以北の用地取得をめぐり、長沼地区北陸新幹線対策委員会(徳永純和委員長)が、県、市、鉄道・運輸機構あてに提出した「同意書」にもとづいて1月中旬に4者で「確認書」を取り交わすと報道されました。そして、その「確認書」で県は浅川に計画している「穴あきダム」を10年以内に完成させると明記していると報道されました。
 「確約書」を取り交わす前に北陸新幹線用地取得の条件としてのダム建設をすすめるべきではないと、今日、改めて県議団と長野市議団で県土木部に申入れをしました。

 原土木部長は、「北陸新幹線の用地取得と引き替えにすることではない」といいながらも「ダムは着手したら早期に完成させなければならない。」と繰り返し主張し、10年という期限を明記すべきではないという私たちの申入れとは平行線でした。しかし、今回の「確認書」には内水対策が盛り込まれ、世論と運動の力で前進させてきたことが反映されています。
 村井知事になって「脱ダム」から05年12月「ダムあり」から「ダムなし」までが06年2月には「穴あきダム建設」に大きく方針転換がされ、その際に村井知事は08年度のダム発注を示唆していましたが、現時点では今年度中(08年3月末)には概略設計をして、新年度の早い時期に水理模型実験を行い、実験を受けて詳細設計を08年度中には完成させたいとしています。本体発注の予定が約2年ずれ込むことになります。
 安全性を最重視して、その点で納得のいく模型実験を公開で行うよう、いままでも求めてきました。
 「穴あきダム」の安全性を求めつつも、そもそもダムを造っても千曲川との合流点での内水被害軽減に効果がないのに「確認書」でダム建設の期限を書き込むことが必要なのでしょうか。吉村県政時代に結んだものが今も県を縛っています。

2008年1月17日

長野県
土木部長 原 悟志 様

                        日本共産党長野県議団
                              団長 石坂 千穂
日本共産党長野市議団
                              団長 原田 誠之

申  入  書

 県民福祉向上へのご尽力に感謝申し上げます。
 昨年暮れ、浅川の治水対策にも関連して、長沼地区北陸新幹線対策委員会(徳永純和委員長)は長野県、長野市、鉄道・運輸機構それぞれに合意条件を盛った「同意書」を提出し、1月中旬には「確認書」を取り交わすという報道がされました。
 この報道によれば、合意条件の中には県が浅川に計画している治水専用「穴あきダム」を10年以内に完成させるという内容も含まれているとのことです。
 ご承知のとおり、浅川流域住民はいまだ危険な地滑り地帯、活断層の存在など浅川穴あきダムの安全性に大きな危惧をもっており、ダム建設を中心とした浅川の治水対策については同意しておりません。
 ひとたび事故が起きれば多大な犠牲がもたらされることは火を見るよりも明らかであり、慎重な対応を多くの住民が心から願っています。
 専門家も、穴の詰まる可能性は否定できず、また洪水後、通常のダムよりダム湖の水位は急激に下降するため、山腹崩壊などの危険が高いと指摘しています。
 さらに穴あきダムはまだ国内で一例しか建設されておらず、検証も充分行われてはおりません。
 よって下記について申し入れます。

 北陸新幹線の用地確保、開通と引き換えに浅川穴あきダム建設を強行することはあってはならず、充分な調査、検証、検討を行うこと。

以上

1月15日〜16日

広報委員会―上伊那視察


西駒郷、新築された「さくら寮」

西駒郷「あすなろ寮」の風呂場はタイルがはがれて危険です

宿泊した、みのわ温泉「ながた荘」からの箕輪町の日の出

箕輪工業高校

箕輪工業高校、マイクロロボットコンテストで優勝したロボット

篠ノ井9条の会の「手打ち蕎麦で新年会」
 15日は午前に県議会の広報委員会で12月県議会の議会広報の最終チェックと新年度の広報についての検討。広報委員会が11時までかかり、終わってすぐに石坂県議と議員団事務局の皆さんを乗せて駒ヶ根にむかって出発。
 西駒郷で藤沢・毛利・びぜん県議と合流して視察。400名を超える障がい者の皆さんが長期にわたって入所していた西駒郷でしたが、5年前から地域移行が始まり現在までに200名以上の方が地域生活支援センターの支援を受けながら、グループホームなどに生活の基盤を移しています。老朽化した西駒郷の一部に新しい「さくら寮」もでき、環境が大きく変わり始めていました。
 その一方で、前のままの環境での生活を余儀なくされている入所者もいます。新しい居住環境と前のままの住環境が混在している中で今後の見通しがどうなるのか、過渡期の難しさを感じました。ちょうど、私たちが行ったときに入所者の保護者のみなさんも会議にある日ということで15分程度でしたが懇談することができました。

 16日は、今年4月の入学生から多部・単位制に変わる箕輪工業高校を視察しました。
 在校生は今までどおりのカリキュラムで授業をし、新1年生から多部・単位制と大変に複雑な上に、建設予定の新校舎は今年8月完成ということで、4月から8月までの間の教室の不足をどう補うのか、そして何よりも教職員の増員が十分にされなければ混乱するのではないかと心配です。教職員の皆さんも大変ですが、希望を抱いて入学する生徒が混乱して挫折しないよう丁寧な対応をしてほしいです。
 それにしても工業高校の機械・設備などもっと時代にあった新しいものに更新してほしいです。

 長野に帰って、夜は篠ノ井9条の会の「手打ち蕎麦で新年会」に押しかけて、篠ノ井総合病院東どなりの篠ノ井教会で美味しい手打ちそばをいただきました。篠ノ井9条の会の事務局に参加されている教会の山本牧師がそばの種まきから手がけて収穫したそば粉を使って「手打ちそば」をご馳走してくださいます。手打ちそばに舌鼓をうち、先輩諸氏の戦争体験や平和への思いを語り合いました。

1月14日(月)

歩いて・歩いて


 土曜日からの3日間。土曜日は子どもの通う高校で保護者への進路セミナーと修学旅行の事前説明会に出席、午後は地元の公民館の役員会と長野市商工会の新年会。

 日曜日は午前の大豆島地域の後援会新年会、昼は毎週定例の長野駅宣伝。そして、午後は寒風吹きすさぶなか、1月20日の共産党演説会のおさそいをしながら、長野市民会館周辺を訪問対話。
 去年の県議選前にお訪ねしたお宅では「和田さん、よかったですね。これからも応援しますから、がんばってください。」と激励されたり、「流通が変わって、前は地元のスーパーに家から納品していたのに、今は県外から入れる大型店ばかりになって商売が大変」といわれた小規模な野菜加工(切りごぼうなど)をしている商店で「結局、原料の値上げにも小さい店はついていけない」と2重の厳しさをいわれました。こつこつ歩いて、お聞きすることが本当に大事だと思います。

 成人の日の祝日は、途中、安茂里支部の新年会にごあいさつに行ったほかは、ずっと地元七二会を歩いて、今年のごあいさつをしました。そして、総選挙では山口のりひささんをお願いしました。
 「わしは、ずっと自民党だけど、西部7ヶ村で県会議員を出していないのは七二会だけだったが、あんたが出てくれてこれで人並みになった。どの党でもいい、地元のためにやってくれる人なら、これからも応援するから…それにしても和田さん、若いね。思っていたよりずっと若くておどろいた」と自分は84歳になったと元気に話され、私が元気をいただきました。
 午後4時からやるといわれた平出地区のどんど焼きにも顔を出して、ご近所のみなさんと、今年の五穀豊穣・無病息災・家内安全を祈りました。

1月9日(水)

団会議


 2008年最初の団会議のはじめから、土木部から「道路特定財源」の新しい資料で説明を受け、続いて、議会事務局から政務調査費の使途基準を全国的に厳しい裁判の判例に照らして確認しました。長野県議会の政務調査費の公開度は全国一です。
 しかし、改めて全国の動向を知ることが大事だと思う内容です。税金で議会調査活動をしていることを再確認することができました。
 その後、団会議で1月後半から2月の調査・研修の日程を調整・確認。2月県議会でだれが代表質問・一般質問をするかを決めました。私も2月県議会はまた質問することになりました。

 団会議の途中抜けて、昼休みの「憲法会議」の宣伝行動に参加しました。憲法会議は労働組合や民主的な団体、そして政党では日本共産党も加盟しています。宣伝、署名の参加者は20名を超えて、憲法9条に違反する新テロ特措法の成立を阻止する世論を広げようとチラシ配布と宣伝で呼びかけました。
 昼宣伝から、とんぼ返りで県議団に戻って、午後の団会議と議会報告原稿の確認。そして、県議会広報の原稿確認、などなどして、夕方からの長野市医師会新年会に出席。と、今日も忙しかったです。時間を上手に使うって難しいですね。

1月8日(火)

今年最初の定例、長野駅朝宣伝


 天気予報では、昼は暖かくなるといっていましたが、朝はやっぱり寒いです。
 山口のりひさ選挙区・比例候補、中野さなえ比例候補、小林よしかず市議と一緒に、今年最初の、長野駅前定例朝宣伝をしました。

 いつもは7時40分から8時10分ぐらいまで、長くても8時20分くらいまでの宣伝です。ところが、今朝は先客の県春闘共闘・県労連のみなさんが「08年は貧困をなくすチャンスです」と20人ぐらいでチラシ配布をしながら8時まで宣伝をしていました。
 働いても働いても暮してゆけない「ワーキングプア」が社会問題になっています。そして、今朝のラジオでは労働組合の組織率がまた減少したと報道していました。パートや臨時、非正規雇用の人たちの権利も共に勝ち取る闘い、労働者が団結することが大事だと痛感します。
そのあと、私たち日本共産党の定例朝宣伝を8時からはじめて8時40分までしたのですが、通勤の方たちの顔ぶれが変わるのもいいです。宣伝のあと早速、私の八十二銀行時代の友人から「あけましておめでとう。朝早くからご苦労さまですね。今年もよろしく」と嬉しいメールが届きました。

1月5日(土)

消防出初式


右から宮崎市議、石坂県議、原田市議
 今日は消防出初式があり、1200名の消防団員が鍋屋田小学校から市内をパレードして午前9時半に市役所前で市長観閲をし、市民会館で式典が開かれました。
 私も、消防議員連盟の法被に初めて袖を通して参加しました。市民会館前で石坂県議、宮崎市議、原田市議と一緒に写真を撮って(撮影はあべ孝二市議)もらいました。
 午後は七二会平出公民館で地元消防団の出初式で懇談しました。平出地区は約60戸です。高齢化一人暮しの老人が18世帯あると区長がいっていましたが、災害時の非難やご近所の声かけなどが地域での暮しを支えることになります。消防団も若手団員を入れたくてもほとんどいないのが現実で深刻です。
 県では、消防の広域化がいわれています。消防庁から消防の広域化の「基本指針」を定め、都道府県に対して消防の広域化の枠組みなどを定める「消防広域化推進計画」を今年度中に策定するよう求められ、県としては全県を2広域にする方向で説明をしているようですが、1広域でいいという意見もあるらしく、年度内の計画策定がどうなるのか、そして市町村消防がどう変わってゆくのか?暮している住民本位の安全確保を貫いてほしいものです。
 本業のほかに、地域消防団の活動で日夜ご苦労されているみなさん、今年もよろしくお願いします。

1月4日(金)

党旗開き


あいさつする山口のりひささん

九反陸橋の融雪マット
 解散総選挙の情勢をはらんだ年の幕開けです。午前11時から党本部の旗開きでの志位和夫委員長のあいさつをCS通信で視聴し、正午から県党の旗開きを行いました。
 年頭の志位委員長のあいさつは、ルールなき資本主義のゆきづまりが、格差・貧困を増大させて、世界的な投機マネーに途上国側からも大きな批判が上がっていること、そしてさらに地球環境までも市場任せにする新自由主義が破綻していることを告発しました。
 また、自公政権がアメリカ言いなりの政治をつづけようとしていても、イラク戦争から5年を経て「戦争でテロはなくせない」事実が明らかになるなかでアメリカ言いなり政治も行き詰まっているし、世界はTAC加入国が24カ国、37億人を抱え世界の57%を占める新しい平和の流れになっていることなど、広い視野で見たときに希望が持てる大きな流れの中にあることを感じます。
 そして、国内では行き詰まった自公政権と民主党が同質同類の政党であることを「大連立」構想で民主党が自ら露呈したことなどもわかりやすい話でした。

 自民党と民主党がねじれているのは国会に中ではなく、「国民の利益との間にねじれがある」と志位委員長はズバリと指摘しました。国民との間にねじれのない日本共産党が総選挙で躍進することが国民に求められていると胸に落ちる話です。

 県党の旗開きは、山口のりひささんを1回で国会へ!北陸信越の議席奪還に心を一つにがんばる意気高いものでした。長野1区と北陸信越比例で重複する山口典久さん、比例単独候補でがんばる中野さなえさんはじめ、2区の岸野正明候補、3区の岩谷しょうすけ候補、4区の上田ひであき候補、5区の三沢よしお候補からも今年にかける熱い決意表明がありました。
 候補を先頭にして、総選挙勝利へがんばります。

追伸
 昨年、国道18号の九反陸橋のロードヒーティングが機能していないので陸橋の除雪について長野建設事務所に申入れしたところ「融雪マット」を今年は試してみると回答がありました。今日、陸橋に融雪マットが設置されて機能していることがわかりました。児童生徒の通学路で新学期に間に合いました。

1月3日(木)

七二会の成人式


 今日は七二会地区の成人式でした。高校を卒業して進学、就職などで七二会を離れている人たちもお正月に実家に帰るときに成人式をしています。
 朝方までちらちら雪が降り続いていましたが、午前10時には青空が広がり明るい光が差し込む中で成人式が始まりました。
 七二会地区の今年の新成人は14名で、都合をつけて出席したのは12名です。去年はうちの次男が成人でしたから学年で1つ下の子たちで保育園や小学校のころからの顔見知りです。地区の育成会などで一緒にバスで海水浴に行ったりしたころのことも思い出します。きれいな振袖やきっちとスーツを着て正装した姿を拝見すると、立派に成長したとつくづく感じます。
 20歳で法律的に選挙権をはじめいろいろな権利と義務を得て、個人として社会的に責任を持つことになることを受けとめてがんばって欲しいです。
 とは言え、新成人を受け入れる社会状況は、胸を張って「君たちも立派な大人になりなさい」と言えるのでしょうか。国会をはじめとする政界や官僚、企業のモラルのくずれ、責任を逃れようという大人たちの姿にがっかりしているのではないでしょうか。
 でも、あきらめること、流されることなく良いことは良い、悪いことは悪いと言える人になって欲しいです。
 戦争のない平和な地球。環境を回復する地球。21世紀の未来を切り開くことが、歴史をつくりだす仕事になるのですから、夢や希望に向って思い切って挑戦することを願ってお祝いしました。

 余談ですが・・・成人式から帰って、お正月休みで高崎から帰省している次男と暇な冬休みを持て余している三男・四男と一緒に映画を観にいきました。私は「オールウィズ、続三丁目の夕日」。3人の息子たちは「魍魎(もうりょう)の箱」をみて、外でご飯を食べて、これで私のお正月は終わりです。駒ヶ根で働いている長男は年末28日から家に帰って来ているものの、毎日、朝から晩まで白馬・野沢・北志賀へとスノーボードに出かけほとんど顔を合わすこともありません。今週いっぱい会社が休みでスノーボード三昧のお正月を満喫しているようです。

1月1日(火)

元旦―善光寺で署名・宣伝

 

仁王門で核廃絶署名、仁王門から見た善光寺山門

善光寺大門で毎年の元旦宣伝

署名と宣伝の間に善光寺さんに初詣。中野さなえさんと石坂さんのお孫さんと
新年あけましておめでとうございます。今年、衆議院解散総選挙で政治を変える年にみなさんとご一緒にがんばります。どうぞよろしくお願いします。
 元旦は毎年恒例の原水協が取り組みをしている「核兵器廃絶署名」を午前9時から仁王門でご一緒にしました。そして、11時から場所を善光寺大門前に移って、日本共産党の新年あいさつ宣伝です。
 雪は昨夜の間も降り続き、我が家のまわりは30センチを超える大雪でした。宣伝・署名の間も雪は断続的に降り続いていました。それでも、善光寺の初詣の列は途絶えることなく、ひとりひとりが新年への思いを胸に御参りされています。
 今年が希望を切り開く年になるように、私も善光寺さんに御参りしました。